私が5年後の退職を目指す理由。原点は、ある先輩の子供が放った「残酷な質問」だった

心の準備

 私は今、「5年後に退職する」という明確な目標を掲げ、このブログを運営しながら資産形成に励んでいます。

もともと今の会社に対して、強烈な不満があったわけではありません。

福利厚生は手厚く、従業員への待遇も世間一般から見れば恵まれている方でしょう。

しかし、私の「この会社で一生働き続ける」という決意には、今ではもう修復不可能なほどの大きなヒビが入っています

なぜ、私は安定した道を捨ててまで退職を目指すのか。

それを思い返したとき、脳裏に浮かぶのはある一人の先輩と、そのお子さんが放った「残酷な一言」でした。

まだ私が20代後半で、結婚も子供も、自分事としては全くイメージできていなかった頃のお話です。

1 憧れだった「完璧な先輩」の存在

 その先輩(以下、Aさんとします)は、私が支店に配属されていた頃に出会った、別部門の先輩でした。

Aさんは当時40代前半。

部門内では中堅からベテランに差し掛かる立ち位置でしたが、その知識量と仕事の速さは圧倒的で、支店内で1,2を争うほど頼りにされていました。

仕事ができるだけでなく、性格もサバサバしていてユーモアがあり、それでいて周囲が忙しさで殺伐としている時でも、他者に優しく接することができる。

まさに「人格者」という言葉がこれほど似合う人はいない、私の憧れの女性でした。

プライベートでは、自営業のご主人と小学生の息子さんを持つお母さんでもありました。

  Aさんは常に多くの案件を抱え、責任ある立場だったため、定時で帰る姿はほとんど見たことがありません。

時には本店の会議に呼ばれ、夜遅くまで資料作りに追われる日々。

それでも、彼女はいつも凛としていて、「バリバリ働くかっこいい女性」の象徴に見えていたのです。

2 酒の席でこぼれた、衝撃の「笑い話」

 ある時、個人的に仲良くしていただいていたAさんや、他の部署の先輩ママさんたち数人と、プライベートで食事に行く機会がありました。

仕事の愚痴や家庭の話で盛り上がる中、話題はAさんの「忙しさ」に移りました。

「最近本当に忙しくて、全然家にいられないんだよね」

そう苦笑いしながら話すAさんが、何気なく言ったエピソードが、私の心に深く突き刺さることになります。

「そういえばこの間さ、あまりに私が家にいないから、息子に泣きそうな顔で聞かれちゃったよ。

ママは、僕と仕事と、どっちが大事なの?』って。やだ、困っちゃうよねー!」

Aさんは、それを微笑ましい「子供の可愛いわがまま」として笑いながら話していました。

周りの先輩たちも、「やだー、可愛い!愛されてるね!」「うちもたまに言うよ、それ」と、和やかに笑い合っていました。

しかし、私は笑えませんでした

その場にいた全員が笑顔の中で、私一人だけが、金縛りにあったように凍りついてしまったのです。

2 小学生の「決死の問い」に感じた残酷さ

ママ、僕と仕事どっちが大事?

その言葉は、私には到底「可愛いわがまま」には聞こえませんでした。

小学生という、ある程度物心がつき、母親が自分たちの生活のために一生懸命働いていることを理解し始めている年齢の子が、あえてその言葉を口にする。

それは、寂しさが限界を超え、不安に押し潰されそうになりながら、勇気を振り絞って発した「悲鳴」ではないか。

私にはそう思えてならなかったのです。

もし、母親に「仕事の方が大事だよ」と返されたらどうしよう

もし、自分が邪魔な存在だと思われていたらどうしよう

そんな不安を抱えながら、母親の顔色を伺って発した言葉なのだとしたら、それを「可愛い笑い話」として消費してしまう周囲の空気が、たまらなく残酷に感じられました。

もしくは、Aさん自身も笑い話として昇華したいほどつらいお気持ちだったのかもしれません。

このままこの職場で、Aさんのように有能だと認められ、出世し続けたら、将来の私も自分の子供にこんな思いをさせてしまうのだろうか

 当時独身だった私にとって、理想の人生は「家族全員が笑顔で過ごせる家庭を築くこと」でした。

しかし、この会社で「優秀な社員」であり続けることは、同時に「家族との時間を削り続ける」ことと同義なのではないか。

その時、私の中にあった「会社への忠誠心」が、音を立てて崩れ落ちたのを感じました。

3 4年後の確信と、変わらない現実

 それから4年後。

私は結婚し、第一子を授かりました。

異動した本店で私が目の当たりにしたのは、さらに過酷な現実でした。

有能であればあるほど仕事が集中し、残業が当たり前になる組織構造。

かつて憧れたAさんも本店へ呼び戻され、以前にも増して重要な役職に就いていました。

当然、帰宅時間はさらに遅くなり、休日も仕事の対応に追われていると聞きました。

Aさんの息子さんは、今どんな気持ちで母親の帰りを待っているのだろう

中学生になった彼が、かつての寂しさを胸に抱えたまま、母親と距離を置くようになっていないか。

余計なお世話だとは分かっていても、どうしても気になってしまいました。

そして自分自身を振り返った時、絶望しました。

この会社に身を置き続ける限り、私もまた、子供が一番甘えたい時期にそばにいてあげられない

仕事に忙殺され、余裕をなくし、子供の悲鳴に気づかないフリをして笑う親になってしまう

それは、私が人生で最も避けたかった未来でした。

4 資産形成は「家族の笑顔」を守るための武器

 かつてのAさんの息子さんのような言葉を、自分の子供に絶対に言わせたくない

その一心で、資産形成に励んでいます。

 ある意味では、あの時Aさんが話してくれたエピソードに感謝しています。

もしあの衝撃がなければ、私は今も「仕事と家庭の両立は大変だけど、これが普通なんだ」と自分に言い聞かせ、思考停止のまま定年まで働き続けていたでしょう。

そしていつか、取り返しのつかない後悔をしていたはずです。

 他人の家庭のあり方を変えることはできません。 でも、自分の家庭の未来は、自分の行動一つでいくらでも変えられます。

  • 5年後、予定通り退職する。
  • 十分な資産を築き、お金のために時間を切り売りする生活を卒業する。
  • 子供が「ママと一緒にいて楽しい」と笑える時間を、何よりも優先する。

これが、今の私の揺るぎない行動原理です。

「仕事と私、どっちが大事?」 そんな悲しい質問を、私の大切な家族には一生させない

そのために、私は今日も一歩ずつ、自由への階段を上り続けています。

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